過去10年の低所得国における医薬品アクセス問題に対する製薬業界の成果は(“Are pharmaceutical companies making progress when it comes to global health?” by Access to Medicine Foundation)
2019年5月16日、医薬品アクセス財団(Access to Medicine Foundation)は106の中/低所得国での医薬品アクセス問題に対する製薬業界の成果に関する報告書を発表した。20の研究開発型製薬会社、47の優先疾患を対象に、独自の医薬品へのアクセス指標を用いて2008年から追跡調査したものである。
<開発に関して>
2014年から2018年までの間、顧みられない熱帯病(NTDs, Neglected Tropical Diseases)等の開発プロジェクト数は38から87へと増加した。増加した主な疾患領域は、リーシュマニア、シャーガス病、アフリカ睡眠病(HAT, Human African Trypanosomiasis)であった。新薬研究に携わる開発型製薬企業数は20社中2010年の9社から15社へと増加、承認された医薬品を寄付している企業数は8社から10社へと増加した。また、WHOの必須医薬品リストに掲載されている29のHIV、C型肝炎の治療薬に対し、中/低所得国でジェネリック医薬品が供給されうるように9社が知的財産権に柔軟性を与えている。
一方で、小児を対象とした開発を行っている企業数はまだ少なく2018年には10社であった。また、WHO等が定義した84の優先開発対象品目中36品目が2018年開発プロジェクトに組み込まれたにとどまった。ワクチンの開発に関しては、開発を行う製薬企業数は2014年の10社から2018年の9社へ減少し、プロジェクト数も86から74へと減少した。
現在臨床試験後期、もしくは、承認審査中の医薬品には以下のものがある。
上市が近い医薬品には以下のものがある。
<開発以外の活動に関して>
主に、包括的ビジネスモデル(inclusive business models)とキャパシティービルディング(capacity building, 組織的能力の構築)の2つに分けられ、いづれも増加していた。包括的ビジネスモデルとは、製薬企業等が途上国の現地の人々・組織を巻き込み、連携しながらコミュニティーの発展と医薬品アクセス向上を目指すビジネスモデルであり、2018年には5社(イーライリリー、グラクスソスミスクライン、メルク、ノバルティス、ノボノルディスク、ロシュ)がプログラムを実施していた。キャパシティービルディングには、医療従事者へのトレーニングの実施、サプライチェーンの強化などが含まれていた。
<まとめ>
全体的に、より多くの研究開発型製薬企業が10年前に比べて中/低所得国での医薬品アクセス問題に取り組んでいる事がわかった。また、採算があまり見込めない活動を持続的なものにするためには、公的サポートメカニズム、さまざまな援助資金供与者のサポート、政府のサポートも重要である。一方、これまでの活動は、少数の製薬企業によって多くが実施され、HIV、マラリア、結核といった特定の疾患に限定している傾向があった。本報告書は、持続可能な開発目標(SDGs, Sustainable Development Goals)の3番目である「すべての人に健康と福祉を」に関し、議論・評価する上で重要なエビデンスになると思われる。
医薬品アクセス財団(Access to Medicine Foundation)とは
大手製薬企業がいかに中/低所得国の医薬品アクセス問題に対して活動を行っているのかを分析しているオランダにある非営利団体ある。2008年より2年毎に”Access to Medicine Index”という報告書を作成し、20の研究開発型製薬会社の中/低所得国に対する医薬品アクセス及び開発に関する貢献度を評価している。イギリス・オランダ政府、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の資金援助を受けて活動している。
引用
Are pharmaceutical companies making progress when it comes to global health?
生物学的製剤アクセスの問題点について指摘したSuleman教授の就任講演 (“Affordability and equitable access to (bio)therapeutics for public health” at the inaugural lecture by Professor Fatima Suleman)
発表の概要
「生物学的製剤(医薬品)へのアクセスは、人々の健康への権利の履行の一部である」
- 南アフリカの乳がん患者が既存の生物学的製剤にアクセスすることができずに亡くなった例を挙げながら、治療方法が存在するにもかかわらず、医薬品へのアクセス、及び、現行の医薬品価格における消費者の購買能力(affordability)との乖離における問題があることを指摘。
- 高価格である抗がん剤治療、米国におけるインスリン、エピペンの価格高騰など医薬品へのアクセスは低所得国だけの問題ではなくなっている。
- 特に低所得国では医薬品の自己負担割合が高く、家計を圧迫する要因のひとつになっている。
- 南アフリカにおける薬価政策に関連した課題の例:ジェネリック医薬品の価格が下がりきらない、小売価格等が未だ非公開かつリベート等に対するが規制に整っていない、薬価決定における国際参照価格の導入に踏み切れていない など。
- HIV治療薬における事例では、特許に守られ高価で購入できなかったHIV治療薬であったが、市民活動や治療行動キャンペーン(Treatment action campaign) 等を通じアクセス問題に対し南アフリカ国民だけでなく国際的にも関心を集め、世論の支持を受けた結果、製薬企業からの裁判を切り抜け、HIV治療薬のジェネリックを国民に広く使用できる状況を作ることができた。しかしながら、このHIVの事例を除いて医薬品のアクセス及び薬価システムに関して人々の関心がここまで高まったことはほとんどないのではないだろうか。
- 薬価政策が南アフリカ国民の医薬品へのアクセス及び購買能力にどの程度影響をもたらすのかについてエビデンスが確立されていない。これは南アフリカに限ったことではなく、ヨーロッパにおけるジェネリック政策等も含め、政策における成功・失敗をエビデンスとして集積していくことが重要である。その為には正確な価格データ及び価格データの透明性(transparency)が不可欠である。
- 価格の透明性に関する主な課題の一つは、研究開発(R&D)にかかる費用である。例えば、研究の一部は税金等の公的な費用の導入によって行われているが、そうした場合、公正な価格(fair price)とは何か、どういった因子が価格に決定づけるのであろうか。治療アウトカム、国民の購買能力など多くの因子に関してエビデンスを集積していく必要がある。
コメント
公衆衛生の観点から、必須医薬品へのアクセスは世界の人々の健康を守り増進する上で非常に重要な問題である。また、営利団体である製薬企業の新薬開発や医薬品製造などの貢献も世界の人々の健康を守り増進する上で必要不可欠である。医薬品をより低価格で購入したい行政・市民側と、利益を確保し投資した開発費用を回収しなくてはならない営利団体の製薬企業の対立はイデオロギーの違いによる対立として見えてしまうのであるが、Suleman教授が述べるように質の高いエビデンスを集積していくことで「公正な価格」について関係者(stakeholders)がより客観的に議論できる状況に導くことができていくのではないだろうか。
Fatima Suleman教授
オランダUtrecht大学WHO医薬品政策規制協力センター
南アフリカKwaZulu-Natal大学薬学部 所属
引用
The live stream of the inaugural lecture by Professor Fatima Suleman, entitled “Affordability and equitable access to (bio)therapeutics for public health”.
Available at https://lecturenet.uu.nl/Site1/Play/2f6dc634429a4ada881b32404c468e7a1d
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